何気ない言葉ダメ!違う!言い過ぎることの弊害は

大学では国文学を専攻していたのもあり

働いている時も、

ちょっとした言い回しの違いで、相手の理解度が全然違うという経験もあり

子どもに使う言葉は、気をつけています。

今日はその中でもダメ違うという言葉について。

町中でも、子どもに対して言っている場面を

よく目にします

子どもに教えたいという気持ちも分かるんです。

ただ、

ダメや違うって言葉は

思っている以上に、意味が無いというか

むしろ悪影響の方が大きいんじゃないかと思ってるんです

例えば

あなたは小学1年生です。

算数の宿題をしています。

236

書いた瞬間に、隣にいたお母さんから

ダメじゃない。

違うでしょ。こんな問題間違えるなんて。

答えは5でしょ。

どう感じましたか?

というより

正しい答えの5が、頭に入ってきました?

その前に、なんか自分自身が否定された氣になりませんでした?

ここまで言わなくても

似た状況って、意外とある気がするんです。

私も、意識しないとついすぐ言ってしまいそうになる

こんな状況の時、私だったら

次の問題に取りかかりかけたときに

書いた瞬間じゃないのは

自分で気付くかもという可能性を信じて

あっ

この一言。

それだけで

何か間違えた!と気づけるし

何を間違えたか一生懸命考え始めます。

あとは、思考の邪魔をしないように、静かに見守る。

間違えてすぐに教えるのは、大人の目からすると簡単なんですが

それだと

子ども自身が違和感を感じて

解決する時間と能力を養う機会を奪うことになるんですよね。

やきもきもするんですが。

靴を左右逆に履いてる時も

言いたいんです。

でも、履いてる間はあえて口は出しません。

両足履いて

立って

何か違和感を感じたらしく、不思議そうな顔をしたときに

くつ、それでいいかな?

右と左が反対だよ

子どもの様子に合わせて、言葉を重ねます。

それでいい?

の段階で履き直す事もあるし

最近では、履く前に目で見て、違っていたら直せるようになりました。

娘が靴を動かすようになったので

余談ですが

私があまりダメイヤと言わないからか

息子もイヤ!と言うことは少ない気がします。

イヤイヤ期も、そんなに苦労した覚えが無い。

反抗も、順調な成長の証だし

荒れた時は

気持ちの受け止め代弁ハグ選択肢を提案

というパターンで乗り切る

その代わり

私片付けしようか

息子片付けしないよ。まだ遊ぶんだよ。

というように、反対言葉で返されます。

語彙は多い方が、コミュニケーションがうまく取れるようになると思っているので

ぱっと反対語が出てくる息子はすごいなぁ〜

でもこれも反抗かぁと

苦笑いしながら、親ばか思考の私です。