少年の日の憧れ、高松塚古墳の壁画に感動

あぁ、蛍ではなかったんだなぁ、

そうさなぁ、さすがの箱根にも蛍はいないしなぁ

深夜2時頃、箱根保養所のふとんに倒れるように仰向けになったところ、

青と光る物体を蛍だと勘違いして深い眠りについたのだが、

起きてみるとスプリンクラーのランプだった。

さりながら恥ずかしいとは思わない。

ただの機械の光を

蛍の光だと観じられる少年のような感性が己に残っていることが嬉しいからだ。

通常、人は、歳をとり、人生経験を積めば積むほど心が汚れていく。

であるがゆえ、かつての純粋な時期、

そう少年少女の頃の純粋な心を懐かしむのだろう。

しかし、それすらも、心にゆとりがなければ難しい。

おかれた環境が厳しければ、純粋な心を懐かしむゆとりは蒸発する。

4月ほど前、従兄弟が離婚したことを知り、3人の子供たちに憐憫の情を覚えた。

遊びに行こうか

と子供たちと約束したのだが、なかなか時間がとれず、ずっとひっかかっていた。

8月2日、ようやく約束を果たすことができた後にふれる。

横浜の山の手にある明治時代の洋館を案内した際、庭にきれいな花が咲いていた。

2階の窓からも花を観賞できるように工夫がなされている。

いいかぁ、きれいなものを、美しい、きれいだ、と素直に観じることが大切だ。

大人になっても、そういう感性を忘れてはいけないよ。

心にゆとりがなくなれば、美しい感性はなくなるから

子供たちに諭した瞬間、1月ほど前に見た新日本風土記の映像を思い出した。

京都大学の近隣にある哲学の道に咲く、

さくら通常の桜とは種類が違うの花言葉が純粋と美しい心だった。

どうやら我が輩の心の中には、

美しいものを見て、聞いて、そして全身で観じたいという欲望があるようだ。

ありとあらゆる美しい出来事を賞賛し、他者と分かち合いたいという欲望があればこそ

こうして語っているのだろう。

他方、その反動が、汚い心行動等に対する怒りになっているのだと思う。

さて美しい心や感性は、やはり純粋な少年少女の時代に涵養されると思う。

そしてその基礎は、感動だと思う。

我が輩にも少年時代の感動は少しだけあった。

その一つが1973年に発見された高松塚古墳だった。

朝鮮小学校3年か4年生の頃だった。